ひろのの栞

純粋にきのこを楽しめる そんな場にしたくて

旧中野中学校跡地に構える長根商店のきのこ栽培工場。その敷地内には、見事にきのこだけを取り揃えた「きのこの駅」があります。和食に洋食、あらゆるきのこ料理を楽しめる上に、炊き込みご飯の素やきのこのおかずなど人気の独自開発商品の販売も行なっているこの場所。遊び心満点のこのお店は、長根商店現社長・長根繁男さんの、きのこや地元の人への熱い想いによって生まれたものでした。

 

感動の味、アワビタケ

中国に自生するアギという名の薬用植物。そのアギの茎に生えるのがアギタケというきのこです。一般的なスーパーなどで買えるきのことは少し異なり、長根社長が現地で食したアギタケは、濃厚な旨味とコリコリとしっかりした食感。その味に感動を覚えた長根社長は、輸入という形で日本へ持ち帰り、独自の栽培方法を確立し商品名として「三陸あわびたけ」と名付けました。

三陸あわびたけように、他ではまず見ることのないユニークなきのこ料理の数々を食べることが出来るのが、ここ「きのこの駅」です。明朗で穏やかな雰囲気が印象的な長根社長。そして、笑顔で一人ひとり丁寧におもてなしをして下さるきのこの駅のスタッフのみなさん。こんなに素敵な会社にも「やめてしまおうか」と思わされるほどの苦悩の時期があったのだそうです。

 

1億円の損害からの再興

株式会社長根商店の発端は、1941年にまで遡ります。現社長の長根繁男さんの祖母が行商人で、魚やきのこを町で売り歩いたことがこの会社の始まりです。その後、2代目となる父親が運搬用の車を購入し、山で採ったきのこを各県の中央市場へ卸しながら、取引相手からの要望により加工品も作るようになります。このように間口を広げて売るようになったことこそが、今の会社の原型なのだそうです。

2010年、この会社の4代目として繁男さんは社長に就任しました。その翌年の2011年。3月11日に発生した東日本大震災により、長根商店は、海側にあった倉庫が流され、仕入れたばかりの原料およそ1年分を失います。原料の仕入れには当然借入も行なっており、流された分の損失だけではなく、新たな借入もしなくてはならない……

「やめてしまおうかとよっぽど悩んだ」と長根社長はいいます。

ところが、震災後で加工も出来ない、出荷も出来ない、という状態にも関わらず毎日出勤しては掃除などの「今出来ること」をし続けてくれた従業員たち。それを見た長根社長は「この場所で、この仕事をやるしかない」と思わされたそうです。

人にも恵まれ、国や県の機関の制度など、知り合いから続々と支援制度の情報が入ってきたことも好転に結び付き、被災企業に対する施設復旧のためのグループ補助金の交付に関しても岩手県では一番初めに受けることができました。これらの様々な人との繋がりによる支援が、長根社長の折れかけた心を持ち直すことが出来た大きな要因となりました。

「いろんな人の支援があって今に至っている」と長根社長は話します。

 

きのこの駅

震災から8年後、2019年にオープンしたきのこの駅。このお店を開いた想いの軸には「きのこにはこれだけの種類があるんですよ」「一つひとつ全く味が違うんですよ」など、きのこの魅力を知ってもらいたいという固い意志が存在します。

長根さん:「周囲の人からは『こんな場所に建てて……』なんて言われるんですけどね(笑)」

国道45号線から少し外れ、周りを森に囲まれた静かな工場敷地内にあるきのこの駅。

長根さん : 「きのこが好きな人が来てくれて、食べてゆっくりしていってくれて、『あ~きのこってこんなに美味しいんだ』なんて言ってもらえればいいなと思って。誰も知らないような場所でやってるんですが、それでも探して来てくれるんですよね。ありがたいなぁと思っています」

続けて、この場所できのこの駅をやる意義についても話してくれました。

長根さん:「ただ単に食堂をやるのであれば、集客や売り上げの面を考えると、アクセスのよい街中でやった方が良いでしょう。空き店舗を借りてやれば今と大して費用も変わらないだろうしね。でも目的はそれではなくて。
例えば、きのこの駅のメニューにあるそばや鍋に使う出汁は、味の良い本しめじからとっています。この出汁をとるのに煮出す作業は1時間以上も掛かるんですよ。ただ単に料理を出すだけではなく、『これは本しめじからとった出汁なんですよ』というようなこともしっかり伝えたくて。さらに他のきのこが加わると『味や香りがこう変わるんですよ』なんてことも伝えていきたいんです」

手間を掛けて丁寧にとられたきのこの出汁。他の加工食品も然り、そのように丹精込めてものを作るには、工場から遠くなればなるほど設備を整えられなくなる。とった出汁をそのままの状態でレトルトパックにしたり、風味が劣化しないうちの保存処理が出来るのは工場敷地内だからこそ。

長根さん:「それともう一つ。場所も、いくらリーズナブルに提供するっていっても、固定費がかかるとそれも加味して料金に上乗せしなくてはならない。だからその部分を、場所を借りてやるよりは自分のところでやれば本当の意味での『リーズナブル』に提供できる。例えばトリュフとかポルチーニなど高級だといわれるものを、これだけ抑えた値段で出せるかっていえば多分出せないと思うんです。それらを普通に出せるようにしたいなぁと思って」

長根社長の想いは続きます。

長根さん:「出荷から提供まで、卸業者などが段階的に入ってくるとどうしても値段は高くなる。そうすると『この値段じゃ滅多に食えないな』とか『食べたくてもなかなか手が出ないな』となるじゃないですか。うちは30~40年と卸ばかりやってきたんですけど、やっぱり料理屋さんで出されるまでに何段階か入るんですよね。一度、うちのきのこを使ってくれている東京の料理屋さんに招待された時、値段的なところをみて『あぁやっぱりこれだと食えないなぁ……』と思ってしまって。その状況を、残念だと思ってしまったんです。それを機に、立派じゃなくていいから純粋にきのこを楽しめる、知ってもらえるっていう場所があればいいなと思って。それまではやはりどこかに頼み込んで使ってもらう、お願いして使ってもらうというのが一般的なやり方かなぁと思っていて。だから初めてですよ、こういうのは」

そう言って長根社長は笑います。

長根さん:「でも、食堂というところには手をつける気はなかったんですよ、もともとは。ところが『これやって下さい』『こう使って下さい』という想いがなかなか飲食店の経営者の方には伝わらなくて。
『いやぁ、うちはいいよ(苦笑)』なんて断られちゃうとそこでもう、世には出ないんですよね……それだったらもう自分のところできのこに特化したものだけやろう、違うものは全く出さない、とそれくらいの信念を持って始めました」

 

終わりのない、食文化の継承プロジェクト

長根商店は、地元の中学校できのこの栽培から販売まで、6次産業の過程を通しで学べる体験学習の実施など、「天然きのこを中心とした食文化の継承プロジェクト」も行っています。きのこについての知識を増やしながら食事のできるきのこの駅の運営もその一環です。
この取り組みに名前の付く以前、2005年頃、輸入材が盛んに入ってくるようになり手つかずになってしまった今の山の現状で、どうしたら菌根性のきのこがとれるのかというところからこのプロジェクトはスタートしました。

「何をするにも商売ありきってことはないと思う」そう語る長根社長。

長根さん:「例えば商売のためにきのこが枯渇するほどに採る、こんなことは絶対になくて。あくまでも副産物としてそれを受け取るんです。私たちは森林を保全しながら、それと同時に山も川も海も良くなって、獲れる魚だって良くなったという声が上がるような、そんなサイクルがつくれたらなと」

「儲けることばかりではなく、自然と共に」

この部分が一番だと長根社長は繰り返します。商品開発のために長期滞在した中国雲南省での厳しい生活や、震災による被害の経験を経て、「今あるもの」で生きていかなければならないことを実感したそうです。

このプロジェクトに関して、「ずーっと、もう最後まで、ずっと続けていきたいと思っています。やはり自然からの恩恵の中にいるので、それは大事にしていかないとな」長根社長はそう締めくくりました。

9種のきのこが楽しめる宝山なべ

 

楽しくやっていれば、自ずとスキルもついてくる

震災前までは、自分も経営者として厳しく売り上げを伸ばしていかなければというガツガツした想いがあったという長根社長。しかし、そうやっているとそれについて来れる人とついて来られない人とのギャップが生まれることに気づいたのだそうです。

長根さん:「これは世の中の人に優しくない、という感覚になってきた」

自身の会社の従業員に対しても「優しい雰囲気で楽しくやるのが一番かな」と微笑みます。「強制されるのではなく、あくまで楽しくやっていれば自ずとスキルやモチベーションは上がってくると、俺は思っている」このように話してくれました。

長根さん:「一人ひとりがその能力の範囲内でやれるのが一番だと思うんです。『お前は出来ないからダメだ』ではなく。主導する人、それを補佐する人。そうやってそれぞれの能力を出し合ってひとつの船が出来て進んで行く。それで良いのではないかなと。何かをやろう!っていう仲間内が出来たなら俺も入れてほしいし、やれることしか出来ないけれど出来る能力の範囲でやれることはやりたいですね」

取材を行なった私たちに対しても「何か出来ることがあれば言って下さいよ!」と、笑顔で声を掛けてくれた長根社長。控えめながらもその懐の深さは、このインタビューを通してひしひしと感じ取ることが出来ました。
このように、広義的に「より良いものへ」と邁進している長根商店。きのこの駅へ出向けば、スタッフさんが温かい笑顔で迎えてくれます。きのこを知りにぜひ一度訪れ、ここで働く皆さんこだわりの美味しいお料理を食べてみてはいかがでしょうか。

 

長根 繁男(ながね しげお)
1966年生まれ。洋野町中野地区出身。
仙台の専門学校に通った後、2年程仙台で働き帰郷。
株式会社長根商店の中国進出計画を機に経営に携わるようになる。
2010年に4代目社長として代表取締役就任。
2019年「きのこの駅」オープン。
末の息子さんと釣りに出掛けるのが最近の楽しみ。

営業時間は11時~16時(定休日:水曜日)
長根商店HP:https://naganekinoko.com

 

(2021/02/19 取材 上野珠実)