「自然のめぐみ」を大野から
洋野町大野地区は畑や水田が広がり、空気も澄んでいる自然豊かな里山です。大野の肥沃な土地で育まれた大豆でつくったゆば、桑の葉を原料にしたお茶など、「自然のめぐみ」を徹底的に工夫し、安全安心で美味しい食品を製造している「ミナミ食品」。創始者である南一郎さんはどのようなきっかけがあって大野に食品会社をつくったのでしょうか。今回は、ミナミ食品ができるまでの経緯と食への想いやこだわりについてお聞きしました。
ミナミ食品のはじまり
ミナミ食品では、岩手県産の大豆でつくられたゆばの生産、町内で作られた桑の加工品、出汁に使用する乾燥粉砕加工品、養鶏の4つの事業を主に行なっています。
実家に田んぼや畑があり、幼い頃から農耕用の馬と暮らしていた南さん。ご両親は自家用の米や野菜、豆腐を作っていました。その他にも、大根の葉っぱを干したものにふのりと凍み豆腐と煮干しの粉を入れた「干し菜汁」も作っていたそうです。
南さん:「ミナミ食品ができる以前は、久慈広域で消防士として働きながら地元のスポーツ少年団の子どもたちに相撲や柔道を教えていました。1980年を過ぎた頃からかな、子どもの数が減ったのを実感したんです……」
当時、大野では農業をしながら、農閑期に出稼ぎに行く人も多かったそうです。人が減っていく様子をみて、地域に定着できるような職業が必要だと感じていました。季節に左右されず、誰にでもできるような仕事を考えていたときにあることを思い出します。
南さん:「昔作って食べた干し菜汁が美味しかったなあと。なので、また作ってみたんです。大根の葉っぱを近所から貰ってきて軒先で吊るして干して。家にあったふのりや凍み豆腐、煮干しの粉を入れました。それを小袋に入れて販売することができるのではないかと考えました」
今思うとこれが最初の商品だった、と南さんは懐かしそうに振り返ります。このできごとがきっかけとなり、1981年にミナミ食品の前身となる「大野名産研究グループ」が誕生しました。南さんを中心に地元の若者が集まり、岩手県の素材を使用した食品を製造し、盛岡や仙台で行われた物産展で販売をしていたそうです。干し菜汁の他にも、スープに用いる煮干しの粉やゆばも製造していました。
南さん:「大野に仕事をつくることが目的だったので、絶対に食品会社にしようと思っていたわけではありませんでした。しかし、大野にいい素材があったからこそできたことだと感じています」
時は流れ、1995年に大野村(当時)の政策で、養鶏の事業を南さんのお父さんが引き受けることになりました。最初は160坪の飼育場からスタートし、13年後には600坪まで規模を拡大。そのタイミングで、個人でやっていた養鶏の事業を会社としてやってはどうかという話になったそうです。そこに、もともと行なっていた食品加工も含めることとなり、2008年に「ミナミ食品」が誕生しました。
また、7年ほど前から南さんの息子さんもミナミ食品に関わり、事業の一端を息子さんに任せ、新たなミナミ食品の形をつくり始めています。
これまでなかったものを
ミナミ食品が特に力を入れて製造しているのが、岩手県産の大豆を使用したゆばです。南さんは大野名産研究グループの頃からゆばを作り続けていて、現在は、生ゆば、乾燥ゆば、スープなどの商品を提供しています。南さんがゆば作りを始めたきっかけについてお聞きしました。
南さん:「この地域で豆腐を作っている人は何人かいたんです。だから大豆を使った食品でも、他のものにしようと考えたときに誰も手をつけていなかったゆばを思いつきました。ゆばは、豆腐を作るときに必ず1枚は出てきます。大豆を水にひたして、ふくらんできたらミキサーで細かくします。それを鍋に入れてあたためたものを絞ると豆乳、残ったものがおからになります。豆乳をあたためるとゆばができるんです」
現在ではよく知られているゆばですが、昔は知名度が高くありませんでした。まずは近隣の岩手県北部や青森県南部に広まり、そこからどんどん広まっていったそうです。
ゆばの他にも桑を使用した商品もあります。大野も種市も昔から養蚕を行っていたので、蚕の餌になる桑を多く育てていましたが、食用ではありませんでした。15年ほど前に岩手大学で健康に関する講演を聞いた南さん。血糖値を上げにくくするなど、生活習慣病の予防に桑の葉が有効だと知ったことがきっかけでミナミ食品でも桑を使った商品を作ることに。
桑の葉の収穫時期は7月から9月までの3ヶ月間。1本1本手作業で葉を収穫しているそうです。収穫された桑の葉は洗浄され、湯通ししたのちに乾燥させてお茶、粉砕してパウダーにしています。桑パウダーは青汁のように飲んだり、焼酎割りにするのもおすすめだと南さんは教えてくれました。
自然のめぐみをそのまま届ける
「しぜんのめぐみに、にんげんのすべて」
これがミナミ食品のキャッチフレーズです。創業当初から、洋野町をはじめとする岩手県の豊かな自然の中で育った食材を用い、添加物などは一切使わずに食品を製造しています。このキャッチフレーズには南さんの想いが込められています。
南さん:「自然のめぐみの中には全てがあるなあ、と考えています。わざわざあるものを削る必要はなくて。自然のめぐみで人間の身体はできているんです。美味しさだけを追い求めると、加工のしかたによっては必要な栄養分まで削ってしまいます。それはもったいないことだなと……」
かつては、健康にいいものをつくろうと考えサプリメントを思いついたこともあるそうですが、ミナミ食品らしさを残し、栄養が摂れるものをつくりたかった、と南さんは言います。
南さん:「人間の身体は、普通に食事をするだけで成り立ちます。食べ物のなか、自然のなかに身体をつくる能力は備わっているんです。そしたらあとは食べるだけだな、と気づいて。いろいろとやっていくうちにキャッチフレーズができました」
ミナミ食品のロゴにはゆばの原料である大豆、大野の名産品である鶏、大豆が馬の餌だったことから馬鉄が描かれています。また、最近新しい工場も完成しました。主にゆばの製造やスープの加工を行う場所になっており、見学もできるようになっています。この工場がミナミ食品の契機になればと考えているそうです。
最後に、南さんが考える大野の未来について語っていただきました。
南さん:「やはり地方の少子高齢化は大きな課題だと感じます。それは洋野町だけではなく日本のどこでも同じで。だからこそ、こういう場所にやりがいのある仕事をつくるのが目標ですね。仕事だけでなくたとえばスポーツなどでも、夢を持った人がそれを実現できそうだと思える場所になることで地域の将来がみえたり、可能性が広がるんじゃないかなと思います。そのためにも、人を呼べるような発信やシステムをつくりたいと考えています」
さらに、大豆にまつわるこんなエピソードも聞かせていただきました。
南さん:「小さい頃、家で大豆を育てて豆腐を作っていました。しかし、ただ大豆の実を豆腐にするだけではなくて。大豆の根っこは薪などに火をつけるために用いたり。馬を飼っていたので、幹は敷き藁に、おからは餌に、煮水も飲ませたり……余すことなく使っていました」
南さんの根源には、こうした自然のめぐみを大切にする暮らしがあり、それが現在のミナミ食品の商品づくりに繋がっているように感じました。
地域に仕事を作り、活気のある社会を作りたいと考える南さん。そんな想いをこれからも繋いでいきたいという気持ちが伝わってきました。大野の豊かな自然に囲まれた暮らしのなかで気づくこと……時代の流れによって、新しいものが生まれては淘汰されています。しかし、地方だからこそ生み出せるもの、できることがあるのではないでしょうか。
南 一郎(みなみ いちろう)
1951年生まれ。洋野町大野地区出身。
株式会社ミナミ食品取締役。
朝はコーヒーの代わりにゆばスープを飲むのが日課。
ミナミ食品 HP:https://www.minami-skh.com/
(2021/06/01 取材 千葉桃子)