ひろのの栞

人とのつながりの中で育む

岩手県洋野町では、一般社団法人fumotoが民間で地域おこし協力隊をサポートしています。 今回はそんなfumotoのサポートを受けながら協力隊として活動する、髙田勝仁さんにお話を伺いました。 「農業を通じた地域貢献事業推進員」として2020年の4月に千葉県から移住した髙田さん。髙田さんが洋野町を選び農業を始めたきっかけ、農業を始めてみての苦労やこれからのことをお聞きしました。

第二の人生は岩手で

千葉県出身の髙田さん。岩手県花巻市の大学に進学したことが岩手との出会いでした。学生時代は花巻市に住み、休みの日は岩手県のいろいろな場所を巡っていたとか。また、知り合いの畑で農業のお手伝いをしたことがきっかけで農業に興味を持つようになりました。

髙田さん:「岩手県は縁もゆかりもない場所でしたが、自然の豊かさや人のあたたかさがとても気に入って、『第二の故郷』と思っていましたね」

大学を卒業後は千葉県に戻り様々な仕事を経験し、洋野町に来る前は障がい者支援の福祉施設で長く働いていましたが、ずっと「いつか岩手県に住みたい」と考えていました。髙田さんが働いていた福祉施設では、活動の1つに農業がありました。学生時代から農業に興味があった髙田さん。本格的な農業は未経験でしたが、研修を受けたり勉強をしたりしながら楽しんでいました。

髙田さん:「農業のほかにもパン作り、しいたけ栽培、お弁当作りなどいろいろな事業に関わりさまざまな経験ができました。施設でとれた作物や作った食べ物は、道の駅などで販売していました」

2019年、定年を前に本格的に農業を仕事にしようと考えます。働き始めたころの「いつか岩手県に住みたい」という想いもあり、さっそく移住に関して調べ始めますが、移住の情報が見つからなかったため、東京の有楽町にある「ふるさと回帰支援センター」に相談に行きました。「海と平地があって農業ができる場所」と条件を絞って移住先を探し始めました。岩手県の沿岸南部は震災での被害が甚大だったので、多くのボランティアが地域に入り、それがきっかけで移住した人も多くみられました。一方、沿岸北部は被害がそこまで大きくなかったこともあり、ボランティアもメディア露出も少なかったと感じた髙田さん。それなら、自分が関われる余白がある北部に移住したいと考えました。候補に挙がったのは洋野町、久慈市、野田村、普代村、田野畑村でした。
そんなとき、「岩手県移住体験ツアー」で沿岸部へ行く機会が訪れます。宮古市の盛駅から久慈市の久慈駅まで三陸リアス線に乗り、久慈市から洋野町までバスで移動して沿岸部を見学しました。fumotoの代表である大原さんも、このツアーの案内人として参加していました。
ツアー後に他の地域も検討しましたが、農業がしやすい環境である洋野町に移住することを決め、再び洋野町を訪れます。町内にある移住体験住宅に宿泊して、洋野町をもっと身近に感じる機会になりました。

髙田さん:「沿岸部はどの地域も素敵でした。海鮮料理が美味しかったのを今でも覚えていますね。その中でも、洋野町の役場担当者がとても熱心に説明してくれたことが印象に残って、洋野町に移住することに決めました。立地がなだらかで農業がしやすく海もあるので、まさに求めていた場所だったのかもしれません」

東北出身の家族もいたことから、移住は快く受け入れてもらったそうです。何よりも、「第二の人生は岩手で」とずっと言っていた影響も大きいと髙田さんは笑いながら話してくれました。

髙田さん:「当初は自己資金で最低限の農業設備を備えて、収入を得るというより自給自足ができたらと考えていました。チャレンジファーマー制度という、学びながら農業ができる制度もありましたが、経験はあったのでこれは違うなあと感じて。洋野町の移住担当者が教えてくれた地域おこし協力隊の制度についても調べてみたんですが、年齢の制限があったりもして『自分には厳しいだろう』と思っていました」

そんな中、時を同じくして一般社団法人fumotoが立ち上がります。
(※fumoto誕生のストーリーは大原さんの記事をご覧ください。)
fumotoが募集していた協力隊の形態の1つに「企画提案型」という、個々の興味関心・経験やスキルを活かし地域の課題解決につなげるというものがありました。役場担当者と大原さんからの後押しもあり、企画提案型で協力隊になることを決意。洋野町で農業ができるということで熱い想いが溢れ、企画書は20枚にも及んだそうです。

洋野町で農業をして暮らす

2020年の4月から協力隊としての活動がはじまり、拠点となる畑を探すことからスタート。しかし、遊休農地の情報を見つけるのは簡単ではなかったそうです。

髙田さん:「なかなか畑が見つからず悩んでいましたが、まずは洋野町で活動している農家さんのところでお手伝いをすることにしました。そこからたくさんの人が力を貸してくれたおかげで、5月には畑が見つかりました」

夏にはもう1つ畑を貸してもらい、2つの畑を行き来する日々が始まりました。現在は種市に2ヶ所、大野に1ヶ所の計3か所の畑を借りて農作業をしています。畑は3ヶ所合わせてサッカーコートほどの面積があります。

髙田さん:「1人でこの面積を管理するのはなかなか大変ですね(笑)なので、機械を導入して効率を上げるなど、工夫して作業しています。種市と大野では環境が違うので育てる作物も変わるんですよ。種市では風が強いので大根などの根菜類、大野の畑は石が多いので葉物野菜など……地域と場所に合った作物を育てています」

洋野町はヤマセの影響もあり夏でも涼しいのが特徴です。そのため、大根、白菜、キャベツ、ブロッコリー、じゃがいもなど冷涼な気候を好む野菜を中心に育てています。秋頃には何種類か作物が収穫できるようになり、産直への納品も視野に入れて活動していました。ところが、産直に納品するためには野菜を洗ったり、計量して包装する必要があると知りました。髙田さんは以前建築関係の仕事もしていたこともあり、作業するための小屋を自分で作ることに。知り合いの農家さんや近所の人から材料をもらいながら冬の間に作業小屋を完成させました。

農業をやる中で大変なこともあります。

髙田さん:「大野の畑は駐車場として使用していた時期があったので、砂利が多くて整備が大変でした。そこではあまり手がかからないブルーベリー、しそ、唐辛子を育てています。あとは、冬にほうれん草、たまねぎなど冬を越す野菜を育てたんですけど、雪が降ったときにその重みで苗が潰れてしまって……。雪はトラウマになりました」

髙田さんは農薬を使わずに作物を育てています。福祉施設で農業をやっていたときに、農薬を使わないといけないものは作らないという方針があったことがきっかけだそうです。農薬を使わない野菜は味が美味しくても見た目が少し野生的なので、どうしても綺麗なものと並ぶと売れにくいこともあるという悩みも。

髙田さん:「収穫することよりも作物の成長を見届けるのが好きなんです。『先週よりも大きくなったな』と感じたり、『ごめんね……』と思いながら収穫するときもあります。できれば成長し続けてほしいなんて思っちゃいます(笑)作物によって育ち方がちがうのは個性ですね」

つながりから生まれたものを次へ 

協力隊も2年目になった髙田さん。これまでを振り返って語ってくれました。

髙田さん:「4月から産直への納品も始めたので、改めてこれからどういう作物を作っていくかを考えなければならないと思いました。福祉施設で働いていたときも作物を納品していましたが、売れ残るということはなかったんですね。でも今は結構売れ残ることもあって……。作れば売れるわけではないとわかったので、売れるものを作っていけたらいいですね。今年は売り方も勉強して、来年にいかすぞ、という気持ちです。また、ビニールハウスも貸していただけたので、それも上手く使っていきたいです。」

卒業後やその先のことについてもお聞きしました。

髙田さん:「もう任期が半分終わったと考えると、3年という任期は早いなと感じます。卒業後に向けて、まずは農業収入を安定させたいですね。理想は年300万円……。農業で年間300万円稼ぐというのは至難の業なんですけどね。そして、営農できる体制を整えたいです。住む場所と農業する場所を探して……。この1年で知り合いが増えたので土地も見つかりやすいかなと思っています。トラクターとかも買えたらいいなあと想像したりもします」

また、農業をする中で使用する肥料の値段が高いという難点があるため、「肥料を自分で作る」ということも考えています。海岸に打ち上げられた海藻から肥料を作ることもできるようで、海藻の他にも、うにの殻を蒸して粉末状にして、石灰の代わりにしている人もいるそうです。

髙田さん:「海藻にはカルシウム、マグネシウム、リン、カリウムなど、たくさんの栄養素が含まれているんです。そのままだと塩分が強いので、雨ざらしにして塩分を抜いてから発酵させて、肥料や落ち葉と混ぜています。この肥料のおかげで病気をしない野菜が育っています。人間も同じで、必要な栄養を取らないと体に不調が出てしまいますもんね。農業をやっていると、野菜も人間も同じだなあと感じます」

農業は「汚い、危険、休みがない」といったネガティブなイメージを持たれがちですが、それを払拭して、洋野町の農業従事者を増やしたいと語る髙田さん。

髙田さん「農業に興味があったら未経験の方でも丁寧に教えます。知らない土地に来て農業を始めましたが、頼れる人が増えたのが嬉しいです。それは大原さんのおかげでもあります。知らない土地に来て成功する秘訣を聞かれたら、 “頼れる存在” と答えますね。私のように、やりたいことがあって外から来た人が活躍できる環境があることはとてもありがたいです。新しく農業をやりたいという人が来たら、私も頼れる存在になりたいと思っています」

第2の人生として洋野町で農業を始めた髙田さん。農業に対する想いを語るその笑顔の中に、あたたかさと愛を感じました。地域に入り、人とつながることで生まれてくるたくさんのもの……そんな “つながり” を大切にしながら、今日も髙田さんは畑に向かいます。

 

髙田 勝仁(たかだ かつひと)
1961年千葉県我孫子市出身。
2020年4月から地域おこし協力隊として活動。
趣味はDIYと農作業。
休日はお孫さんと海浜公園を散歩することが好き。
最近のブームは板垣菓子店のお菓子を買うこと。

髙田さんの活動の様子はこちらから

 

(2021/06/22 取材 千葉桃子・高瀬未希)