ひろのの栞

【イベントレポート】洋野町 風土性調査 中間報告会 ~町の風景と人の営みに目を向ける~

ひろのの栞は、2024年3月16日(土)に洋野町民文化会館セシリアホールで「洋野町 風土性調査 中間報告会 〜町の風景と人の営みに目を向ける〜」を開催し、洋野町の風土性調査を実施している廣瀬俊介さんにお話しいただきました。風土性調査とは、その土地の自然に人が働きかけることで生まれる地域の有り様としての風土の成り立ちを、地質・地形や植生、人々の暮らし方などのさまざまな面から総合的に調べるものです。この調査の進捗状況を町民のみなさまへ向けて共有したのが今回の中間報告会でした。その模様を、当日の講演の章構成に沿ってお伝えします。

1章 はじめに、大きな風景から

種市沖から見た鹿糠地区。写真の中心あたりに鹿糠漁港、右側には種市海浜公園がある

「海と高原のまち」と様々なメディアで紹介されることが多い洋野町。まずは、視覚的にも感覚的にもわかりやすい「海と高原のまち」を洋野の「大きな風景」として捉えてみることから講演が始まりました。調査時には、漁師さんにご協力をいただき、船に乗り、沖から町の地形を見渡しました。そうしてみると、海浜公園や港のある場所より一段高いところに建物が建てられ、また一段高いところに建物があってと、階段状の地形の上に町があることがわかります。洋野町のこうした地形は、海成段丘(かいせいだんきゅう)と呼ばれます。

廣瀬さん:「三陸ジオパークのホームページに、これら海成段丘の平らな面は一度海の底にでき、それが後に持ち上がったりだとか、寒い時期に大陸の上で氷河等ができると海水面が下がり、温暖な時期には氷河が溶けるため海水面が上昇するというような、海水面の変動を繰り返す中で陸になったという内容が書かれています」

この章では、洋野町の風景の基本形が、なだらかな地面が段状に連なってできていることを確認しました。

2章 気候の影響

久慈平神社の近くで撮影したウメバチソウ

春から夏にかけ、洋野町には太平洋から冷たい風が吹いてくる日があります。「やませ」と呼ばれる、この冷たく湿った北東の風は、人々の暮らし方や植物が生きる環境に影響を与えてきました。

廣瀬さん:「やませの冷涼な気候が原因して高山植物の生育を可能にしているということが種市町史に書かれています。私は、久慈平神社の近く、標高637mあたりで、ウメバチソウを見かけました。このウメバチソウを、私は、岐阜県飛騨市で県立自然公園の環境デザインに関した仕事をした時に、標高1300mの湿原で目にしていました。本州中部の例ですので、環境の条件が違うため簡単に比較はできませんが、洋野町がより北に位置しているとはいえ標高がはるかに低いところにウメバチソウが生えているのは、確かに種市町史に書かれた通りではないかと思いました」

また、「季節的に町の全域が寒くなる冬であっても、沿岸地域の気候は暖流の影響を受けてもいる」との言及がありました。洋野町では、様々な環境の条件が関係し合い、多様な植物の生育が可能となっているようです。

3章 高原と生きる

ひろのまきば天文台から見た高原

遠い昔の海の作用によるなだらかな地形をもつこの土地では、かつて馬産が盛んに行われていました。現在、広大な草地が広がる大野地区では、酪農業が営まれています。この章では、土地の地質についてのお話しがありました。

廣瀬さん:「特徴的なのは、恐竜などがいた時代になりますが、1億2,500万年前から1億50万年前に出来た花崗岩の類がかなり広くこの町内に広がっているということではないかと思います」

草地の広がりは、花崗岩の風化しやすく亀裂が入りやすい性質と関係していると考えられるそうです。

廣瀬さん:「高原は真下に花崗岩が広がっているということもあって、亀裂に水が浸みてしまい水が透けやすく、農耕地に向かないものの、草地ができやすくて牧場に向いています。それともうひとつは、地面を覆う草が雨による土の流出を防ぐことで、安定的な土地の利用ができてきたのではないかということを今のところ考えています」

草地が広がる風景は、先人たちが土地の地形・地質に合った生業を営み、高原と生きてきた結果として保たれてきているといえます。

4章 海と生きる

種市沖から見た窓岩付近の防潮林

海岸線沿いの道を歩くと、たくさんのクロマツが生育していることに気が付きます。これらの木々は、防潮林と呼ばれます。

廣瀬さん:「防潮林というのは、それより陸側にある土地、特に農地に潮風が来ないように風を上に散らしつつ勢いを弱める役割を持ちます。こうした役割は、森林法で潮害防備保安林と位置づけられています。そのほか、同法の保安林制度では、魚つき保安林を定めています。これは、沿岸部の樹林の陰影に魚が隠れようと集まる効果や、木々が落とす葉が微生物に分解されてできる腐葉土から栄養分が海に供給されて海草、海藻が育ち、魚を養う効果が期待されて指定されるものです。このように、海辺の樹林ひとつとってもさまざまな意味が見当たります」

宿戸漁港の南にあるクロマツ林

廣瀬さん:「そういうクロマツ林なんですけれども、場所によってはっきりわかるのですが、幹が陸側に傾いているところがあります。これは常に海風によって陸側へ押されているため、その圧でこのような形の木になります。よく見る低木もこう、風になびいているというか、負けまいとしているというか、そんな形をしていますよね。このように、風もまた風景をかたちづくっています。人が風に備えてこの松林をつくっていて、クロマツは元気に育っていますが、木々の幹の傾き具合や枝の伸ばし具合などを見ると、これらのかたちは風を写したものとなっています。これも、洋野町の風景をかたちづくる一因となっています」

5章 山と川にまつわること

大野の洋野牧場付近の道で撮影したアカマツ林

海岸では人々がクロマツを植えてきたのに対して、内陸部にはアカマツが広く分布しています。アカマツは、建築材料や燃料、近年は大野木工にはじまる工芸品などに用いられてきました。

廣瀬さん:「マツの仲間は、全般に痩せていて明るい土地に生えることができ、アカマツにもその性質が当てはまります。また、アカマツはクロマツよりも寒冷な気候に耐えられます。洋野町の大地の多くをつくる花崗岩が風化しやすいと先に述べましたが、風化物である砂から取り出した砂鉄を使ったたたら製鉄が、当地で行われました。たたら製鉄は、木炭を燃料として行い、木炭の原材料としても製造に用いる燃料としてもナラ類が適当で、これらを伐ると花崗岩が露出して風化し、土地が痩せて他に木がなく明るい環境下でアカマツが生えやすかったことは、当地でアカマツが広く分布するに至った一つの理由と考えられます」

東大野地区、大野館址のカツラの木

また、お香の木と呼ばれるカツラの木は、農業と関わりがあります。大野地区の農家の方からのお話によると、春に赤い花を咲かせ梢が色づくことが、農始めの目安として言い伝えられてきたそうです。

廣瀬さん:「各地で、山の斜面の雪形やショウジョウバカマのような草花を年々の農作業の開始の目安にしてきているのを経験から知っていました。しかし、カツラの花を目安とするという例はこれまで聞いたことがなく、注目をしました」

そして、森林が生み出す栄養分を、山から海へと川が届けます。

新和座川橋から見下ろした和座川

栄養分のやり取りは山から海への一方向のみではありません。例えば、サケなどの遡上する魚が海の栄養分を山へ届けています。

廣瀬さん:「海から川に遡る魚が、自分の体に、海で作られる窒素の一種などの栄養分を持って、山・森に帰ってきてくれる。そこでまた卵を産み力尽き、その体が他の生き物に食べられ、その生き物が糞をすることで、糞の中の栄養分がまた森に戻るというような循環を司ってくれているんです」

海鳥が陸で糞をすることにもそういった意味がある、ということも廣瀬さんから教えていただきました。

明戸地区を流れる有家川近くの県道11号線から西側を見た風景

廣瀬さん:「山と海を川が結び、水やその他の栄養分などを運んで様々な物質が巡る中に人々が生き、暮らしと生業を営む場を作ってきた。このことが風土の原型に当たると考えられます」

参加いただいた方のアンケートより

今回の報告会には、10代から80代までの幅広い年代の方27名に参加いただきました。ありがとうございました。アンケートの設問の中から「報告会で最も印象に残った内容」の結果を公表いたします。

参加者のみなさまから最も関心を集めたのは「山と川にまつわること」でした。複数の項目に関心を寄せていただいた中で、気候の影響について興味を持たれた方も多く、「植物と気候の関わりについてもっとお話を伺いたい」とアンケートに書いてくださった方もいらっしゃいました。

また質疑応答においては、太陽光パネルが風土に与える影響についての質問をいただいた他、山の木の使い方についての考えを参加者の方から伺うこともできました。

太陽光発電と同様に、自然の力を利用した発電に関しては、アンケートにおいて「洋上風力発電と水産業などとの関係は今後どうなるのだろうか」ということを書かれている方もいらっしゃいました。

アンケート結果のご紹介は以上となります。風土性調査は今年度も引き続き実施していきます。みなさまには、ご協力をお願いすることもあるかと思いますが、その際はご助力いただけますと幸いです。

これまでの風土性調査と今回の報告会を終えて、日々の風景の捉え方が少しづつ変わってきた感覚を覚えています。今自分が立つ足元は遥か昔からの自然と人の営みが形づくってきた土地であり、そこに広がる風景は、この地で先人たちが紡いできたものなのであると、確かに感じられるようになってきました。そのようにして足元の風景に目を向けることが、風土を考える入り口になるのかもしれません。

 

発表者

環境デザイナー 廣瀬俊介さん

環境デザイナー、専門地域調査士(日本地理学会)、風土形成事務所主宰。LLP風景社組合員。2014年まで東北芸術工科大学大学院准教授。著書に『風景資本論』(朗文堂、2011年)など。地理・生態・民俗学ほかの知見をもとに、地域の持続のための環境計画・設計を行う。

(2024/06/07 レポート 藤森大将)