ひろのの栞

おいしいパンで地元を元気に

「みっちゃあ」の愛称で親しまれている岩手県洋野町大野の水沢地区。高家川(こうげがわ)上流の沢の奥にある自然豊かなこの地域で栽培された雑穀を使用してパンづくりを行っている「おおのパン工房」。廃校になった旧水沢小学校を利活用しており、学校の面影を感じることもできます。今回は、おおのパン工房発足当時から携わっている秋山陽子さんにお話を伺いました。

地域の拠点として

おおのパン工房が作られたのは、今から約20年前。大野の中心的な施設である「おおのキャンパス」だけでなく、各地域の特色をいかした農産物加工施設による活動拠点をつくる「サテライト・キャンパス構想」がきっかけでした。各地域ごとに組合を組織し、生産加工や販売を行うことになりました。
向田地域の大豆加工施設、林郷地域のそば加工施設、帯島地域の漬物加工施設に続き、4つ目の工房として、水沢地域のパン加工施設であるおおのパン工房が整備されました。

大野高校を卒業後、盛岡の専門学校に進学して就職した後、地元に戻りお隣の久慈市で働いていた秋山さん。おおのパン工房の立ち上げに声をかけられ、組合長を務めることに。組合は、地元の若い主婦を中心に20名ほどでスタートしました。この地域は働く場所が少なかったこともあり、若い女性が働ける場所ができたのが嬉しかった、と振り返ります。

秋山さん:「同年代の人も多かったので、皆さんの力を借りて。特に水沢地区は昔から人も少なかったので、協力体制も整っているんです。パン工房も、私が指示するのではなく、みんなで一緒に学んで、考えながらやってきました」

また、おおのパン工房は、2003年に閉校になった旧水沢小学校を利用することになりました。

秋山さん:「当初は、新しい建物でパン屋さんを始めるという案もありましたが、サテライト構想に関わった先生が『この廃校を使ったほうがいい』と言ってくださって。廃校を利用したパン屋としてウケました」

現在の加工所は元々は理科室。加工台をよく見ると、机がそのまま使用されています。売場として使用していたスペースは昔は物置だったそうです。

 

地元の雑穀を使ったパンを

おおのパン工房がある水沢地域では、曲り家(まがりや)と呼ばれる母屋と馬屋が一体となった住宅で家畜と暮らす家庭が多く、アワやヒエや麦などの雑穀がさかんに作られていました。

秋山さん:「この地域は昔から雑穀を育てていたので、ここでは雑穀を使ったパンを作ろうということになったんです。当時はちょっとした雑穀ブームもあって。雑穀を使うと、卵やバターを使わなくてもいい香りがするので、アレルギーがある人でも安心して食べられます」

大野パン工房では、この地域には珍しいヨーロッパにあるようなハード系のパンを雑穀を使って作ることになり、機械もハード系のパンに対応したものが導入されました。

オープン前には、パン工房のメンバーで岩手大学の教授にパン作りについて教わりました。

秋山さん:「最初は物珍しさもあって結構売れたんですが、2〜3年経った頃にお客さんから『もう少しやっこい(柔らかい)パンも食べたい』『菓子パンがあったらいいな』という声があったんです」

この地域に馴染むのはそういうパンなのかもしれないと考えていた時、久慈市出身で盛岡市でパン屋をしており、パン作りの指導も行っている先生がパン工房を訪れました。その先生から「作り方を大きく変えなくても、材料の配分や時間を少し変えればハード系以外のパン作りもできる」と助言をもらい、岩手大学の教授にも相談してその先生から柔らかいパンや菓子パンの作り方を教わることに。

秋山さん:「柔らかいパンや菓子パンは、お客さんからも『食べやすくなった』と好評でした。パン工房にある機械はハード系に対応したものですが、機械に強いスタッフがいたので上手くやることができました。最初から変わっていないのは、雑穀を使うことと、食パン、カレーパンといった卵やバターを使わない商品を作り続けていることです」

雑穀は、水沢地域で作られたあわといなきみを使用しています。雑穀を栽培する人が年々減少し、現在は1人しかいないそうです。小麦粉は岩手県産を使用し、地産地消を心がけています。

定番の商品に加え、季節限定の商品もあります。また、水沢地域にある大野ダムをイメージした「ダムカレーパン」も新しい商品として登場しました。おおのキャンパスにあるレストラン・グリーンヒルおおので提供されている大野ダムカレーのカレーを使用しています。

秋山さん:「グリーンヒルでダムカレーを食べて、じゃあ実際に行ってみようか、となって、水沢地域の大野ダムやパン工房にも足を運んでもらえたらいいなと思います」

今後も地域の企業さんと連携や新商品を増やしていきたいと秋山さんは考えています。
また、音楽室を改装した体験室でパンづくり体験も行っています。コロナ前は地元の保育所や小学校が多く体験に来ていましたが、今は年に1〜2回に減ってしまいました。

秋山さん「子どもたちはとても元気があって、こちらも元気をもらえます。ある保育所では、体験終わりにお礼の歌を歌ってくれて感激しました」

パンづくり体験は子どもから大人まで楽しめるので、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

たくさんの人に支えられながら

現在、おおのパン工房の商品は、大野と久慈の産直や道の駅で販売されています。オープン当初は従業員も多かったため、店舗での販売に加え、県南地域まで販売に行くこともありましたが、現在は、役場や保育所に限定して外販を行ったり、町のイベントでの出店を行っています。

秋山さん:「一昨年は少しの期間だけ店舗を再オープンしたら結構人が来てくれたんです。八戸や盛岡、遠いと仙台からのお客さんもいました。従業員が2人になってからはお店も閉めて、作ることに専念しています」

人手不足は大きな課題でしたが、今年の4月からパン工房支援員の地域おこし協力隊の長谷川さんが活動を開始しました。

秋山さん:「彼女は何でもすぐに行動してくれるのでとても助かっています。私は考えてもなかなか行動できないんですけど……お任せするとすぐに形にしてくれて、本当にすごいんです」

SNSでの発信や商品のPOPの作成などは長谷川さんが担当しています。将来のことを考えるともう少し人を入れて続けていきたいと秋山さんは考えています。

2005年にオープンしたパン工房はもうすぐ20周年を迎えます。これまで、何回も大変なこともあり、やめようと思ったこともありましたが、なんとかここまで繋げてきました。

秋山さん:「なんでしょうね……その時々に何かこう『あ、やらなきゃ』と思うことがあって。それがあったから今まで繋げてこれたのかな。『もうダメだな』って思ったときに誰かに助けてもらったり」

お客さんの言葉に励まされたり、他の工房の活動を見て鼓舞されることもあるそうです。

秋山さん:「辞めるのはいつでもできるし。まだどうにかなるんだったらもう少し頑張りたいという気持ちがあったから続けてこられました。パンを売るなかでいろんな人に出会うこともあって、それが楽しいんです」

人と会うことで自分たちも成長できる、と秋山さんは言います。
特に、今年度に入ってからは多くのイベントが再開し、パン工房も出店の機会が増えています。

秋山さん:「忙しいけど充実していますね。忙しいと時間が過ぎるのもあっという間です。今年はイベントも再開していて、最初の頃に戻ったような感覚があって、大変になるかもしれませんが、楽しさもあるし作りがいもあります」

水沢地域の拠点になっているおおのパン工房は、もうすぐ20周年を迎えます。10周年のときには体育館も使用してイベントを開催しました。20周年も、パン工房だけでなく地域の人も一緒に何かイベントをしたいと秋山さんは考えています。

地元で作られた雑穀を使った美味しいパンを通じて、たくさんの人と出会い、続いてきたおおのパン工房。想いが詰まったパンは、食べた人を幸せで優しくて元気な気持ちにしてくれます。これからも「おいしいパンで地元を元気に!!」。

 

 

秋山 陽子(あきやま ようこ)
昭和33年 洋野町大野・水沢地区出身。大野高校の1期生。
趣味は園芸。

 

おおのパン工房ホームページ

おおのパン工房Instagram

 

おおのパン工房の商品が買える場所

おおのキャンパス 産直おおの

岩手県九戸郡洋野町大野58-12-30
営業時間:9:00~17:00

道の駅くじ 産直まちなか

岩手県久慈市中町2-5-1
営業時間:9:00〜19:00(4-9月) / 9:00〜18:00(10-3月)

道の駅いわて北三陸

岩手県久慈市夏井町鳥谷第7-3-2
営業時間:9:00〜19:00

ふれあい産直ショップ 花野果

岩手県久慈市中央1-56
営業時間:9:30~18:00

 

(2023/6/8 取材 千葉桃子 写真 大原圭太郎)