ひろのの栞

誠実に長く続ける

洋野町種市が全国に誇る潜水技術である“南部もぐり”。南部もぐりの潜水ヘルメットのロゴが素敵な「磯料理 喜利屋」では、地元で獲れた海産物を使った料理を提供しています。今回は、代表の髙城さんにお店を作った経緯や、地場産品に対するこだわりや想いを伺いました。

ここはいい場所だな
国道沿いにある喜利屋。少し高い場所にあるため、太平洋を一望することができます。ここは昔、田んぼだったそうです。

髙城さん:「川の水を直接田んぼに入れると冷たすぎるので、少しぬるくしてから入れると苗にいいんです。その真ん中に岩があって、そこに寝転ぶと最高に気持ちがよくて……子どもの頃からここはいい場所だなと思っていました」

また、近くにある神社の木のおかげで、冷害の原因になるやませが当たりにくく、稲の実りもよかったと髙城さんは教えてくれました。しかし、昭和40年頃に国道が整備されたことで、田んぼは無くなり、空き地になってしまいました。

種市出身の髙城さんは、久慈市の水産高校でボイラーと冷凍機械の免許を取り、高校卒業後は親戚が始めた水産物の冷凍加工場で働いていました。

髙城さん:「当時は魚がいっぱい獲れたんですよ。朝も昼も夜も関係なく働いていました」

高校で学んだことを活かして働きつつ、地元で獲れた魚を使って自分も何か商売をしたいと考えていました。そして、28歳のときに現在の場所で喜利屋をオープン。

髙城さん:「青森県の観光地に行ったとき、どこでも有名な地場産品がありましたが、この辺には何もなくて。種市のホヤやウニを食べてもらいたいと思い、飲食店を始めました」

国道ができてから10年近く経っており、ドライブで訪れる人も多く、近隣にレストランやドライブインも何軒かあったそうです。大きな店舗も多く、喜利屋は小さい方だったと髙城さんは振り返りました。
当時の飲食店は、カタカナの店名が流行っていましたが、喜利屋は髙城さんの実家の屋号だった「桐家」をもとに名付けられました。

髙城さん:「身内で小さくやるつもりでしたが、始めたらお客さんがバンバン来て(笑)ガスも3つか4つしかなかったんですけど、お客さんを待たせてしまうので厨房もすぐに増やしました」

料理を作れる人はいたので、髙城さんも何かしようとカウンターで飲み物を出していたこともあったそうです。

作る前からいろいろなお店を見て、構想を練っていた髙城さん。設計図を描いたものの、かなり複雑なつくりだったため、何人かの大工さんに断られたこともあったそうですが、八戸の大工さんが設計と建設を行いました。喫茶店のような雰囲気のある素敵なお店は、作ったときのまま変わっていません。

髙城さん:「お客さんがいないときに私もここでコーヒーを飲んだりするんですけど、やっぱりここはいいなあと思うもんね」

カウンターの奥には、地元の遠洋漁業漁師からもらった世界中のお土産が飾られています。

また、地盤が固い土地だったこともあり、東日本大震災の時も大きな被害はありませんでした。
髙城さんが子どもの頃から親しみのあったこの場所は、姿を変えて多くの人に親しまれる場所になりました。

 

こだわりの地場産品を
喜利屋をオープンしてから、テレビや雑誌で紹介してもらったこともあり、たくさんのお客さんが足を運んでくれました。特に人気だったのは、看板メニューでもあるダイバー定食。髙城さんの義父が潜水器漁業でホヤを獲っていたこともあり、種市で獲れた天然ホヤがふんだんに使われています。

髙城さん:「それまではただのホヤとして売っていましたが、私が『天然ホヤ』として売り始めたんです。種市のホヤは、海底20メートルから獲る天然のホヤですからね」

ホヤを食べられない人や食べたことがない人でも、鮮度がいい種市の天然ホヤは美味しく食べられるのが自慢です。メニューはオープン当初から現在まで変わらず、地場産品を使った料理を提供し続けています。

2011年には、髙城さんの息子の虎(たけし)さんが盛岡市で「三陸居酒屋きりや」をオープンしました。当初は、種市の鮮魚を盛岡の飲食店に運送する仕事をしていましたが、飲食店を始めることに。

髙城さん:「移転前の息子のお店は12、3人入るといっぱいになって、いつも満員だったんです。これではだめだってことで、今の場所に移転したんです」

髙城さんが種市でお店を開店したとき、虎さんは3歳でした。

髙城さん:「子どもの学校が休みの土日や祝日はとにかく忙しくて、誰も相手をしてくれないことに怒って店の中でゴロンと寝たときがありました。そんな姿を見て育ったので商売なんかしないと言っていましたが、今では盛岡で店をやっていますからね」

地元だけでなく、盛岡市でも洋野町の地場産品を楽しむことができます。

 

1つのことを諦めないで
新型コロナの影響で、一時は飲食業が厳しい時期もありましたが、だんだん以前のようなにぎわいを取り戻しています。

髙城さん:「大変なこともありますが、いろんな人と会って話すことができるのはとてもいいですね。テレビや雑誌に取り上げていただくこともあって、それを見て来てくれる人もいます」

ずっと働いているスタッフもおり、髙城さんも安心して店を任せられると言います。商売の難しさも感じていますが、お店を始めたことで町と人との繋がりもできました。

髙城さん:「誠実に長く続けていると、周りの人から認められるようになって、困ったときに助けてくれるんです。そういうのがありがたい」

地場産品をブランド化したいと思って始めた喜利屋。

髙城さん:「洋野町は海だけではないですからね。椎茸やほうれん草を使ったメニューもありますが、何かもっとできたらと思っています。メニューのリクエストをもらうこともありますが、ここでないと出せないものにこだわりたい」

最近では漁獲量が減っているという課題がある一方、食用になっていない貝や魚もいるそうです。

髙城さん:「使えるものはあるんですけど、漁師さんとかは『こんなもの…』と言っていて……商品にしたら面白いと思うんです」

地元の人が地元のいいところに気づいてほしいと、髙城さんは考えています。

最後に、生まれ育った地元で働き続ける魅力や想いをお聞きしました。

髙城さん:「何でもいいから自分がやりたいことに軸を持って、それを発信するのがいい。うちは海産物、他にもいろいろなことをやっている人がいる。一つのことを諦めないで頑張っていればそれが仕事になって、発信できると思うんです」

「今でもやりたいことはいっぱいあります。小さなことかもしれないけど面白いこともいっぱいある」と、髙城さんは目を輝かせながら教えてくれました。

地場産品をもっと知ってもらいたいと想いから始めた喜利屋。髙城さんは何年経っても地元の魅力や可能性を感じながら働いています。自分が心からいいものだと思っているからこそ、それが相手にも伝わるんだと思います。気になった方は、ぜひ喜利屋で洋野町の地場産品を味わってみてください。

 

 

髙城 岩雄(たかじょう いわお)
昭和25年生まれ。洋野町種市・鹿糠地区出身。
久慈市の高校を卒業後、町内の水産加工場で働いた後、磯料理 喜利屋を開店。
子どもの頃の思い出は、友だちと一緒に窓岩に登ったり、泳いだり、魚釣りをしたりしたこと。窓岩は本当に良い遊び場だった。

 

磯料理 喜利屋
〒028-7915
岩手県九戸郡洋野町種市17-47-1
TEL : 0194-65-2971
営業時間:11:00~20:00(毎週木曜日は定休日)
https://www.nanbumoguri.com/

 

(2023/9/8 取材 千葉桃子 藤森 大将 写真 大原圭太郎)