ひろのの栞

小さな町の小さな花屋から

創業から40年ほど、地域に根を下ろし、様々な節目に花を添え続けてきたフラワーショップ三恵。そこには、生まれ育ったこの町で家業である花屋を営みながらもフローリスト(お花を扱う職業の人)としての技術を鍛錬し、精力的にフラワーデザインの大会にも臨む日當裕善(ひなたゆうぜん)さんの姿があります。 洋野町種市地区出身の日當さんは、地元の種市高校を卒業後、東京の専門学校でフラワーデザインを学びました。卒業後は東京の生花店で働き、20代前半でUターンしてからは現在のフラワーショップ三恵に腰を据えて活動してきました。全国的な舞台でも活躍し、依頼主の思いに真剣に向き合う日當さん。意外にも、当初から花屋を志していたわけではなく、「気づいたらここまできた」というのが本音だと言います。今回は、フローリストとして歩み続けた今日までを回顧しながら、花との向き合い方やモチベーションの源泉に焦点を当ててお話を聞きました。 (トップ画像は、県産のリンドウを使用し、2020年東京オリンピックのPRのために制作した作品。制作・撮影・提供:日當裕善さん)

気がつけばここまで

ちょうど就職氷河期と言われていた時期に高校を卒業した日當さんは、親族のすすめもあり、フラワーデザインを学ぶための専門学校に進学します。卒業後は、「とりあえず生活はしていかないといけないなあ」「何か他に『これだ!』というものを見つけたら、(花屋ではなくて)そっちをやろう」という気持ちもありながらも、東京の生花店に就職し忙しい日々を過ごしました。

日當さん:「仕事をし始めると、結構毎日勉強の連続で余裕がないし、毎日クタクタになるし、本当に疲れました。でも、結局花一本でした。なんか『気がつけば』っていう感じですね。やりたかったかって言われるとちょっとわかんない。でも、ここまでやってくると面白さもあるしね。だから、(これからも)やろうかなって。花屋じゃなかったらなんだったんだろうなとか、たまに思いますよ(笑)」

東京の生花店で働いた後は、20代前半で、実家のある種市に戻り、親族の経営するフラワーショップ三恵を手伝うことになります。Uターンしてからは、時間をあけずに国家検定やコンテストにも挑戦することになったそう。ただ、多くのコンテストに出品しては見るものの、30歳くらいまでは中々良い成績を残せず歯痒い思いが募っていました。そんな時期に、現在も師匠として慕うある先生との出会いがありました。

日當さん:「腕の良い花仲間に、『あの人(師匠)が日本で一番だと思う!』と言われてね。その先生の名前は聞いたことはあったんだけど、当時の自分には本当に遠い存在だった」

それでもなんとか先生に連絡を取ろうと思い立ち、まずは教室の生徒になることにしたそうです。その先生は、当時雑誌の表紙の仕事を手がけており、「見学ではなくアシスタントとしてなら」ということで、先生の仕事場を見せてもらえることになります。その後は洋野町で働きながらも、機会をつくって高速バスで東京まで通い先生の元で腕を磨きました。そんな生活を続けること1年ほどで、ついにコンテスト(2010年 フラワー装飾技能東北大会)で最高賞を受賞します。

命ある花と向き合う

フローリストとして働き始めて10年ほどが経った頃に、現在まで慕う師との出会いを果たした日當さん。師匠と出会ってからは、自然と「花が美しいな」と思うようになれたのだと、噛み締めるように教えてくれました。

日當さん:「本当の意味で花が美しいと思えるようになったのは、その先生に出会ってからですね。その先生に教えてもらえたことが今までで一番身になりましたね。自分の感覚を信じることや本当の意味での花の見方を教わったし、本当に感謝してますね。一つの大きな出来事でした」

そして、野の花にこそ美しさが宿っているのだと日當さんは教えてくれました。

日當さん:「『生きてる』というのを感じるんだったら野の花。花屋の花って全部真っ直ぐじゃないですか、これは商業用に真っ直ぐに矯正させられてる。でも野の花は、右向いたり左向いたり。この状況でいろんな表情に育ってる。そこに命を感じる。この花は崖にあったからこういう咲き方をしているんだなとか。周りにいっぱい草があったから、そこから抜けるように頑張って生きているんだなとか。長持ちはしないけれど、生命感があって味わい深いですよね」

命ある花の尊さや美しさに気付いたからこそ、花の鮮度には常に気を遣い、デザイン性などで付加価値をつけ、贈り主の気持ちが相手に届くよう日々試行錯誤しているそうです。ただ、何よりも大切にしているのは「なんと言っても人の気持ち」なのだと、声色は静かながらも熱のこもった思いを打ち明けてくれました。

日當さん:「鮮度とクオリティを高く、注文主にも贈られる方にも納得してもらう。その辺には一つ一つ気をつけなきゃいけない色んなことがあって難しいところですね。でも、そこがうまくいけば、自分自身の充実感になったり。僕自身が感謝されることも多いし、良いお花をお届けできたのもあるかもしれないですけど、でもそれは、当人同士の素晴らしい人間関係があってこそですよね。花には人の気持ちが宿るというかね、やはりお花にはそういうところがあるんですよ。だから、半分は僕のおかげじゃないなあとも思ったりもします」

制作・撮影:日當裕善さん

花に心のせて

 小さな町に腰を据えながらも日々技術を磨き、国内トップレベルのコンテストでも腕を振るうには、並々ならぬモチベーションの維持が必要に思えますが、その根源はどこにあるのでしょうか。

日當さん:「うーん……。やっぱり、『こういう小さい町にいても色んなことにチャレンジできるんだ!』っていう根性のようなものがあるんでしょうねえ(笑)コンテストに出始めたのも、声をかけられたからっていうのが最初で。しかも、出してみたらけちょんけちょんだったんです。だから、正直に言うとモチベーションがあったわけではなくて、このままじゃ嫌だなって思ったのがちょっとずつ……という感じですかね」

その地道な「ちょっとずつ」を着実に積み重ねて、やっとの思いでここまで辿り着いたのだと、自分自身の胸に書き留めるかのように静かに頷きながら語ってくれました。送り主の気持ちを花にのせて届けるために、また、コンテストのテーマに合わせてアレンジメントや花束を制作するためには技術や表現方法の幅も大切ですが、どのように着想を得ているのでしょうか。

日當さん:「昔は色んな人の作品を見たものです。でも今は、例えば外に出て今日は暑いとか、潮の匂いが強いとか、身近に感じる感覚を形にしたものが作品になりますね。だから、コンテストに出品する作品も、全部地元のものだけで作ったこともありました。自分の感覚に素直になれば、誰でもきっと形にすることができるんです。心から『これが綺麗だなあ』って思うものをね」

流行を押さえ世間的にウケの良さそうな作品を作るわけではなく、身近に存在する自然や現象を対象とし、自己の内面を研ぎ澄ましてこそ、自分自身が納得する作品は出来上がります。一般的に優れているとされるものや綺麗と言われるものに囚われずとも、美しさというものは私たちのすぐそばに確かにあるのだと気付かされます。

ジャパンカップ2014「フラワーマジック 〜門出を彩る〜」での制作風景(上)・完成作品(下)、 素材:桜、スイートピー、デルフィニウム、制作・撮影・提供:日當裕善さん

花を身近に

花と向き合うことで「前はモノクロだったのかと思うくらい、自然がすごく綺麗に見えるようになった」と日當さんは話してくれました。「地域の人にも、もう少し花を身近に感じてもらえたらな……」とも。最近では、インスタグラムでアレンジメントなどを投稿し、それをきっかけに依頼を受けることもあるそうです。

日當さん:「身の回りに色んないいものがある中で、もう少しお花も見てもらえる活動をしていきたいし、もしそうなってくれば、その人の時間ももっと豊かになると思うので。あとはね、自分でお花を飾ってみるっていうのはいいと思います、野の花でも良いし」

最後に、人の豊かさに繋がることや、もう少し喜んでもらえるような形で自分の作品を発表することにも取り組んでいきたいと意気込んでくれました。

少しずつ地に根を張りながら実を結んでいくその姿は、日當さんが美しいと話してくれた野の花にも重なります。大切な人やご自身の人生の節目に、なんでもない一日に、日當さんが束ねる花を添えてみませんか?
きっとこれからも、この小さな町から、人々の気持ちをのせた花々を多くの人の元へ届けてくれることでしょう。

 

日當裕善(ひなた ゆうぜん)

1978年生まれ。洋野町八木地区出身。
種市高校を卒業後、JFTD学園日本フラワーカレッジに進学し、東京の生花店に就職。
20代前半でUターンして以来、フラワーショップ三恵に勤務。
フラワー装飾技能選手権 東北選抜大会 最優秀賞 農林水産大臣賞(2010年)、JFTDジャパンカップ 6位入賞(2016年)など受賞多数。
趣味は、花や風景の写真撮影や編集。

フラワーショップ三恵
岩手県九戸郡洋野町種市第23地割128-26(ユニバース種市店さんすぐそば)
電話:0194-65-4624 FAX: 0194-65-2605
【営業日】9時~19時、正月3日間休業
【インスタグラム】@mief2017
【公式HP】https://mieflower2018.com
電話や公式HPからの注文も可能です。アレンジメントや花束のご相談も歓迎しています。

(2021/7/28 取材 小向光)