ひろのの栞

太平洋が一望できる大展望風呂

マリンサイドスパたねいち。その名の通り海のすぐそばに建つ、浴場、宿泊、レストランを備えた施設です。太平洋が一望できる大展望風呂は朝5時から入浴可能で、海からゆっくりと顔を出す朝日を見ることができます。宿泊者だけでなく、地元の方からも愛される “マリスパ”。その知られざる魅力に迫りました。

ステラマリンからマリンサイドスパへ

今回お話を伺ったのは支配人を務める長根俊男さん。マリンサイドスパの開業当初から運営に携わっています。
この建物、元々はステラマリンという名前で町民に親しまれていたそうですね。

長根さん:「そうですね。1995年から10年ほど民間の会社が運営していましたが、閉業してしまって。その後、別の方が浴場だけを運営していた時期もあったと聞いています。2010年頃に町が施設を買い取り、それを町内の会社であるエスコートが借りる形で営業を再開しました。 “マリンサイドスパたねいち” に名前が変わったのはその時ですね」

町内には他にアグリパークおおさわやグリーンヒルおおのなどの宿泊施設がありますが、どちらも町が運営に関わっています。マリンサイドスパは町から施設を借りているとはいえ、運営は民間会社。そこには多くの苦労があるようです。

長根さん:「役場さんの助けもあって軌道には乗りましたが、日々の運営はやはり大変です。少ない人数で一人何役もやりながら回しています。私だけじゃなくて、みんなフロントを見ながら部屋やお風呂の掃除をしたり……。だからなんとかやっていけてるなぁという感じはありますね」

現在は従業員16人で交代しながら運営をしています。浴場は朝5時から夜10時まで営業しているので、掃除が終わるのは夜中の2時頃。朝は4時頃からお風呂やサウナの準備をしています。従業員の方々に支えられ、地域に愛される “マリスパ” は成り立っていることを改めて思い知らされます。

 

東日本大震災の影響

マリンサイドスパが開業した2011年は、東日本大震災が発生した年でもあります。影響はなかったのでしょうか。

長根さん:「実はここは震災の1ヶ月後、2011年4月11日にスタートしたんですよ。震災があった時は、ちょうどオープンに向けてリフォームをしている最中でした。『これは大変だ、一刻も早く始めよう』ってことで工事を1ヶ月くらい早めてもらって。おかげで震災復興の工事関係の方々に、大勢泊まっていただくことができました」

開業する前は5年ほど使われていなかったため、老朽化した配管関係とボイラーの交換や、客室・レストランの内装、ロビーの床等の改装を行なっているところでした。長根さんの想いはもちろん、それに応えた職人さんの想いに熱いものを感じます。
ところで、建物自体に被害はありませんでしたか。

長根さん:「特別なかったですね。ただ、津波は1階のちょっと下まで迫ってきました。下の駐車場にあった大きな看板は流されましたね。それと、漁港にあった船がみんな流されてきて、下の道路に乗り上がったんですよ」

震災当日、偶然リフォームの立ち会いで現場にいた長根さん。津波が来て船が流されるのを窓から見ていました。

震災直後のマリンサイドスパ付近の様子(提供:麦沢忠美氏)

 

地元の人にも愛されるお風呂

マリンサイドスパの一番の自慢はなんといってもお風呂。太平洋の雄大なパノラマを眼下に入浴できます。朝5時から開いているのもポイント。朝から結構お客さんが入っていると聞きましたが、本当でしょうか。

長根さん:「そうなんですよ。ここは船があるので、漁師さんが来るのが早くて。ステラマリンの時代からよく使われていたみたいです。それを引き継いで5時に開けています。なかなか5時から開いているところはないと思うんです。だから凄くお客さんも喜ぶんですよ。あとはね、泊まった人も朝日を見ながらお風呂に入れる」

嬉しそうに話す長根さん。浴場の前の休憩スペースには、翌日の日の出予定時刻が設置されています。日の出をぜひ見て欲しいという気持ちが伝わってきます。

浴槽は3種類あり、それぞれ薬湯風呂、展望風呂、温泉入浴剤風呂となっています。

長根さん:「薬湯風呂にもこだわっています。本物の生薬、高いのを使っているんですよ。茨城の業者さんに漢方薬を配合してもらって。結構効くと思います。温泉入浴剤のお風呂は、秋田の乳頭の湯と富士河口湖の湯を使用して、定期的に入れ替えています」

薬湯風呂は36度くらいでぬる湯。ゆっくりと浸かることができます。一番大きな展望風呂は誰でも入れるような温度設定に。温泉入浴剤のお風呂はあつ湯好きの方のために、熱めの43度くらいにしているそうです。

長根さん:「それでも『もっと(熱く)!』っていうお客さんもいるんですよ(笑)」

様々な温度と効能が楽しめますね。泉質の方はどうでしょうか。

長根さん:「57m下から地下水を汲み上げて沸かしています。実は、汲み上げている地下水は、成分的には温泉といえるんです。お客さんに聞かれた時も『温泉成分がある』とお答えしています。ただ、鉄分と塩分が多いので、ボイラー管理が大変で。鉄分や塩分を除去して濾過して……濾過機も一生懸命働いてます」

脱衣室には、ステラマリン時代に調査した “温泉分析書” も貼ってあります。

また、忘れてはいけないのがサウナの存在。サウナ室の温度計は110度近くを指し示すほど灼熱ですが、キンキンに冷えた水風呂との温度差が最高だとサウナ好きからは定評があります。但し水風呂は、町の水道を直で引いているので季節によって水温が変わるのが特徴。温度差を楽しむのであれば冬がオススメです。

長根さん:「サウナが好評なのは知らなかったです(笑)本当は水風呂も地下水を使うと良いんだろうけど、水量が足りなくて……。あとは飲料水も安全のため町水道にしています」

お風呂やサウナだけ利用する地元のお客さんも多いと思いますが、どのくらい利用者はいるのでしょうか。

長根さん:「時期によって全然違いますね。やっぱり寒い方がお客さんが多い。1日大体180人くらいで、土日になれば200〜300人くらいかな。お盆やお正月は400人を超すんですよ。帰ってきて、ここに来てから、家族の交流が始まるんですよ」

 

海を望む見晴らしのよいレストラン

フロント脇に位置するレストラン。ここからの眺望も素晴らしいものがあります。

長根さん:「場所が最高だからね。景色が本当に良い。ここに来た人はみんな『いいとこだなぁ』って」

三陸沿岸沿いでも、これだけの見晴らしと開放感を味わえるレストランは他にないといいます。
朝日を見ながら朝食を味わえるなんて、気持ちの良い1日になりそうですね。

長根さん:「朝ご飯も評判は良いですよ。地元のお母さんたちが作ってくれているんです。地元の家庭料理っていうか」

一方夜のメニューはオープン当初にみんなで考案したもの。種類も豊富です。

長根さん:「生ウニの時期になるとウニづくしコースも出したりしますね。もちろん生ウニ丼も。通常メニューで人気なのは玉子とじウニ重とか、ウニめかぶ丼。あとは海鮮ラーメンとかですかね。地元の方でお風呂のついでに食べて帰る人もいます。うちに泊まるお客さんは、『かめふくさん』や『かくれんぼさん』に食べに行く方も結構いますよ」

立地が良いので、近くの居酒屋や定食屋に行かれる方も多いようです。

宿泊者は多い月で450〜470人ほど。部屋数は14室と少なく、6〜8月のウニのシーズンは満室になることも多いといいます。取材時の8月は、平均すると9割は埋まっているとのことで、冬でも7割くらいは予約が入ります。

実は元々客室として作られたのは1階の7室のみ。現在は2階の元カラオケ部屋3室と、30畳の宴会場を区切って泊まれるようにしています。

長根さん:「近くに他に宿泊施設がないからかな。普段は仕事関係の方が多いですね。あとは冠婚葬祭で戻ってくる方。今はもうほとんど家に泊まらないですもんね。駅から近いのも便利なんだと思います」

 

今後の展望と課題

最後にこれからのことを伺いました。

長根さん:「洋野町はウニ、アワビ、ホヤなど食材も良いものが揃っている。椎茸も原木栽培。美味しいものはいっぱいあるけど、宣伝が下手なだけ。岩手はみんなそうだよね。若い人が動いて変えていって欲しいなぁ」

大野も、大自然が広がっていて、とても良いところだと長根さんはいいます。
マリンサイドスパとしての今後の課題はありますか。

長根さん:「やっぱり、レストランを上手く生かしきれていないことですね。かめふくさんなんかには『立地が良い』ってすごく感心されるんです。支店を出してくれれば、大繁盛するだろうけどね(笑)」

人手が足りていない現状に唸る長根さん。レストランを活用したい人がいたら大歓迎といった様子でした。

毎年バイクで沿岸を北上し、北海道まで行くという女性の方や、自身で撮ったウニ漁の写真を贈ってくれたという東京の方のお話。温泉好きな方に「持ち帰りたいのでお湯をちょっとほしい」といわれ困ったお話。一つ一つのエピソードに、お客さんと真摯に向き合ってきた長根さんの人柄が見受けられました。

そして、取材の中で何度も登場した “喜ぶ” という言葉。日々の苦労の中にも、お客さんが “喜んでくれること” を常に考え感じているのだろうなと、穏やかなその表情からも読みとることができました。

この町を訪れた人、この町に暮らす人。誰もがほっと安らげて、心と身体を温めてくれる場所。この町に欠かすことのできない「マリンサイドスパたねいち」に、皆さんも一度足を運んでみてはいかがでしょう。

 

長根 俊男(ながね としお)
1951年 洋野町中野地区に長根商店の四男として誕生。
高校卒業後、千葉県で7年働く。
兄の家業を手伝うため、26歳の時にUターン。
マリンサイドスパたねいちの開業当初から運営に携わり、現在は支配人を務める。
遠方に住む孫のニュースが日々の楽しみ。

 

【マリンサイドスパたねいち】
岩手県九戸郡洋野町種市23-27-19
0194-65-5735
HP:https://www.marin-taneichi.com/index.html
※宿泊予約や入浴料等の詳細情報はHPをご覧ください。

 

(2022/08/10 取材 後藤暢子 写真 大原圭太郎)