ひろのの栞

「宇宙を身近に」

ひろのまきば天文台に架かる天の川, 撮影 野田司

おおのキャンパスの少し奥に進むと、牧歌的な高原風景の中にひろのまきば天文台が現れます。ここは、天文台ができる以前から地元の天文愛好家には有名な場所で、2007年には日本一星空が見やすい場所に選ばれました(2007年冬季全国星空継続観察・一般参加団体の部)。 天文台の台長を務めるのは、阿部俊夫さん。中学生の頃、偶然手にした雑誌の付録が天体望遠鏡のレンズとフレームだったそうで、ボール紙で筒を作り月を見たことがきっかけで、宇宙や星に興味を抱いたと言います。岩手県内の中学校で理科や数学の教師を務めた後、星のことにも詳しかったことから、知り合いの教員に「キャンプで夏の星空を教えて欲しい」と頼まれました。このことがきっかけとなり、現在まで「星空案内人」として多くの人に星空や宇宙の魅力や仕組み、その楽しみ方を伝えています。 ひろのまきば天文台のテーマは「宇宙を身近に」です。今回は、このテーマに込められた阿部さんの想いと、天文ファンや地域の人の愛を受けながら整備されたこの場所の歴史を辿ります。 (トップ画像は、ひろの星を見る会立ち上げメンバーである野田司氏が「天文台に架かる天の川」を撮影し、提供していただいたものです。)

星をみる会の活動から誕生した天文台

ひろのまきば天文台がオープンしたのは、2010年。それ以前から現在の天文台の場所は、天体観測にもってこいの場所として地域の人には有名でした。2003年、阿部さんが大野村の教育長に赴任し、2004年には同じく星や宇宙が好きな役場職員と3人で「おおの星をみる会」を結成します。

阿部さん:「当時この場所は、舗装されていない広場だったんですね。この辺りは模範牧場の駐車場で、そこに望遠鏡を2、3台並べて星空をみていたんですよ。子どもたちや一般の人も参加してくれて、年に4、5回、春夏秋冬と流れ星の季節に」

星をみる会の結成から程なくして、おおのキャンパス内に新たに天文台を整備してはどうか、という提案が役場から持ち上がりました。

阿部さん:「その頃は福祉に予算を使い、新たな施設はあまり作らないという時代でした。天文台を作っても人が来るか……という時代だったし、多少議論があったところにタイミングよく星空が日本一になってね。それが後押しになって子どもたちの教育のためにも、ということで天文台の設立に至りました。今でも、子どもたちの教育や地域振興のために一生懸命やっています」

阿部さんが話す星空日本一というのは、環境省主催の2007年度冬季全国星空継続観察(一般参加団体の部)のことで、星空をカラースライド写真に撮影しその暗さを競うものです。この時に和歌山県の那智勝浦町と並んで日本一になりました。このことから天文台整備の機運が高まり、役場の農林課主導でことが動き始めたのでした。

〈まだ天文台ができていない頃、おおの星を見る会の企画により星空の案内をしている様子〉撮影: 野田雄二

どんな人でも楽しめる天文台を目指し

おおの星をみる会から始まり、その中心で活動していた阿部さんが、自然な流れで天文台台長に就任することになりました。開館当初から、「宇宙を身近に」をテーマに天文台の運営を行ってきました。月2回の星空教室や毎週金・土・日の星空観察会を開催したり近隣小中学校の天文教育にも尽力したりと、どんな人でも楽しめる天文台であることを目指し、今日まで活動を継続しています。

阿部さん:「他の場所から来る人は、『夜空にこんなに星があるのかと思えるくらい、星がたくさん見える』と。特に、街から来る人は星の多さにびっくりしていますね。流れ星の観察会もやっていて。流れ星がよく見えるのは年に2回で、8月のペルセウス座流星群と12月のふたご座流星群ですね。そういうときには、駐車場にシートを敷いて寝転んで星空を見上げるんです。大きなものが来ると歓声が上がる。多いときには、1時間に130個くらいを観測しましたね。観察しながら感動してもらって、宇宙の姿を知ってもらったり。あとは星も生まれて死んでいく、そういったことも知ってもらったり。そして、天文学や宇宙開発のこともね」

参加者の様子や感想を穏やかに、そして心から嬉しそうに語ってくれた阿部さん。天文台を訪れてくれた小学生の中には、「宇宙飛行士になりたい」という夢を持ってくれた子もいたようで、天文台や阿部さんの存在は、子どもたちが将来に光を見出す動機付けにもなっているようです。阿部さんは天文教育の普及活動が認められ、2019年には第31回「星空の街・あおぞらの街」全国大会環境大臣賞を受賞しました。ひろのまきば天文台では、月2回開催される星空教室や毎週金・土・日の観察会、天体ショーの時の特別観察会、小学校の先生向けの天文教室、読み聞かせや楽器の演奏とのコラボレーションもあり、より多くの層に開かれた天文台であるための取り組みが続けられています。

〈天文台主催の観察会で、8月のペルセウス座流星群を見る様子〉撮影: 野田雄二

「 あのお星様がいるおかげで 」

阿部さんは、「私たちがここにいるのはあのお星様がいるおかげで、あの星がなかったら我々はいないんだよ」と教えてくれました。普段の暮らしの中でふと星空を眺めることはあっても、そのような視点で星空を眺めることは少ないのではないでしょうか。せっかくなので、このメッセージについてもう少し深く聞いてみることにしました。

阿部さん:「宇宙の始まりには、水素とヘリウムしかなかったんです。あの輝く星の中では水素のガスがくっついてヘリウムになって、そこから酸素になったり、炭素になったり、鉄になったり……。我々の体を作っている元素(物質)は、全て星の中で作られているんです。星が爆発して宇宙にばら撒かれて、それがまた集まって星になって……また爆発して……というのを繰り返しながら、大体100種類くらいの物質のもとになる元素ができます。それが集まってきて地球ができて、その地球の上に私たちがいる。だから、あのお星様がいなかったら我々はこの世にいないわけなんです。つまりは、お星様のおかげで我々がいるという。今の星のもっと前の世代の星のおかげでもあるのですが。そうすると星と我々は結びついている。というのが、天文台のテーマにもなっている『宇宙を身近に』ということですね」

星の一生と私たちの一生は、時間的にも空間的にもスケールは違いますが、阿部さんの話す通り “あのお星様のおかげで私たちがここにある” ということが伝わってきました。ここまでの話だけを聞くとあまりに壮大に思えるかもしれませんが、もう少し日常的なところでも宇宙や星空との繋がりを感じることもできるようです。

阿部さん:「朝があって昼があって、1日は24時間。1年の365日は、太陽の周りを地球が1周して1年になる。我々の毎日の生活は、まさに宇宙との関係で時間が決まっているんです。四季の変化も、地球の軸が傾いているために起こるんですよ」

「星空はロマンの世界」ともよく言われますが、知らず知らずのうちに宇宙の法則とともに私たちは暮らしているのだと、ハッとさせられます。ふと空を見上げたときには、「あのお星さまがなければ……」という阿部さんの言葉を思い出してみてください。いつもとは少しだけ違う気持ちで星空や宇宙と接することができるかもしれません。

高原を見渡せるこの場所で、満天の星空を

かねてより美しい高原の中に星空鑑賞ができる素晴らしい場所があったこと、おおの星をみる会での活動の積み重ね、全国星空継続観察で日本一になったことなどが偶然にも重なり、完成したひろのまきば天文台。もう訪れたことのある皆さんにも、この記事を通してひろのまきば天文台を知ってくれた皆さんにも、是非足を運んで欲しい場所です。

阿部さん:「ここにくると、都会とは違って星がいっぱいあります。満天の星空を味わって欲しいし、流れ星とかそういうのを見ながら感動してもらいたい。さらに、『どうして天の川があるのか?』『どうして日食などの天文現象が起きるのか?』というのを一緒に考えながら、宇宙の仕組みを学んでいけたらいいかなと思います。肉眼で星空を見るのも良いですけれど、大きな天体望遠鏡で星空を見るとまた違う世界に出会えます。宇宙の一部だけれど本当の姿がわかるので、この天文台に来て星空を観察してその素晴らしさに感動して欲しい。そして、宇宙と星空と我々が非常に近い関係にあるというところまで知ってもらえるといいのかなと」

そう言って、阿部台長は微笑みます。

「夜空の美しさに感動する。魅力を感じる。星の世界に癒しを感じる。あとは、ギリシャ神話との関わりで星を知りたいとか、いろんな人がいるからね。人によって何を見たいか、何を知りたいかは違ってくるから、いろんな人に応えるような、いろんな人が楽しめるような天文台を目指しています」

ひろのまきば天文台は、雪の多い北東北の中では珍しく冬季期間にも開いています。夏には気持ち良い高原の空気を吸いながら夏の大三角や七夕の星、流星群を。冬には澄んだ星空に明るく輝くたくさんの星たちや星の一生を。

ここ1年で急激にオンライン化が進み、パソコンのディスプレイと向き合う時間が増えている時代だからこそ、この土地の風景や場所のもつ性格、人の温かみが嬉しく感じられると思います。高原を見渡せるこの場所へ、満天の星空に包まれに来ませんか?高原の牛たちも、全ての人を優しく星空の世界へと案内してくれる阿部さんも、天文台を訪れるすべての人を温かく迎え入れてくれることと思います。

阿部俊夫 (あべ としお)
1942年生まれ。岩手県一関市出身。
岩手大学を卒業後、県内で38年間中学校の理科・数学教員を務め、その後、大野村教育委員会教育長なども務める。
地学や天文学の深い知識があり、現役の教員時代から、天文教育にも尽力した。その後、2003年におおの星をみる会を結成し、2010年にひろのまきば天文台台長に就任。最近は、三陸ジオパークのガイドも行っている。
趣味は、自宅でのばら園づくりと、音楽鑑賞。

ひろのまきば天文台
岩手県九戸郡洋野町大野第66地割8-142(おおのキャンパスより車で2分)
0194-77-3377
【開館日】毎週金、土、日(12月29日〜1月3日を除く)
【開館時間】午後1時〜午後9時(臨時に開館・閉館する場合があります)
【料金】大人210円、子ども100円(年間利用 大人2100円、子ども1050円)
【Twitter】@hironomakiba

(2021/5/9 取材 小向光)